マルサの事件簿⑥ 最新の営業支援システムが動かぬ証拠

■急激な利益拡大が脱税の入り口
 コンピューターソフトを開発するベンチャー企業・ソフィアシステムは、新たに開発した営業支援ソフトが大ヒットして、年率50%という高度成長のさなかにあった。もともと少数精鋭の開発型企業だけに、コストの大半を占める人件費も、売上拡大に合わせて大きく増えていくことはない。社長の宮原にとっては、毎年数億円の法人税を納税することが、だんだんと無駄に思えてきたのである。今期は、従業員に年収に匹敵する期末手当を支給してマスコミの注目を浴びたがそれでも会社の金庫には膨大な利益が残ってしまった。
 経理担当役員の寺田と行きつけのクラブで飲みながら、宮原は「何とかならんか」と
ため息をついた。「今年もまた3億円だ。何で、俺たちが稼いだ金を、みすみす国にむしり取られなければならないんだ!」
 いつもの宮原の愚痴を聞いていた寺田は、「何とかならんこともないが、やるにしてもこれから先の話だな」と応じた。創業当時からの腹心だけに、言葉使いも2人だけの時には対等になる。どうやら、寺田は愚痴を何度も聞かされているうちに、脱税の研究を一人で始めていたらしい。
 「なぁ、宮ちゃん、ここのところ毎年30社以上のペースで客が増えているだろう。その中から、4~5社ずつ、売上除外をするのさ」
 「何だ、売上除外って?」
 経理に疎い宮原に、寺田は細かく説明をし始めた。製品の出荷記録から帳簿、伝票に至るまで正規の記録からは一切排除すること、専用の口座を作って、顧客にはそこに振り込んでもらうこと、などなど。「シンプルだが、それだけにバレにくい」と寺田は
自信深げだ。
 「売上除外する客は、宮ちゃんがトップセールスしてきたところだけにすればいい。請求書は俺が発行すれば、社員にも分からんよ」

■パソコン操作を注視する調査官
宮原は、さっそく寺田の作戦に乗って、トップセールスに精を出し始めた。社員に知られないように、電話は社長室にこもってかけるか、わざわざ会社の外に出て携帯電話を使うという徹底ぶり。
 一方、寺田は製品出荷から請求書の発行まで、まったく別ルートで動くように、専用のコンピューターシステムまで作った。こうして宮原たちは毎年1億円前後の売り上げを、帳簿の上から消すことに成功したのである。
 脱税を始めて5年たったある日、税務調査の事前連絡があった。宮原たちは社内文書の再確認はもちろん、売上除外の相手先にも電話をして、税務署の反面調査が入っていないかそれとなく聞き出し、安心しきって調査当日を迎えたのである。
 税務調査に訪れたのは、鈴木という調査官1人だけだった。
しかも、型どおりに「この1年間の元帳と伝票、請求書の控え、領収書、銀行の残高証明を見せていただけますか」と、ぼそぼそと言う。もっと厳しい調査を予想していた宮原は、拍子抜けして寺田に「何でも言うことを聞いてくれ」と申し送った。
 寺田から関係書類を受け取った鈴木は、宮原のデスクの前にある応接用テーブルに
陣取りぱらぱらと帳簿をめくり始めた。宮原のデスクの上にある電話が鳴ったのは、ちょうどその時だ。「ちょっと失礼します」と言って、宮原は応接テーブルからデスクに戻り、パソコンの画面にタッチした。電話をかけてきた相手の情報が、自動的に画面に表示されるのである。自分の会社で作っているソフトだから、操作も手馴れたものだ。ところが、その宮原の指の動きを、鈴木はじっと注視していたのである…。

■通話機録から脱税が発覚
  宮原が受話器を置くと、鈴木は何気ない調子で、こう話し掛けてきた。「さすがに、今をときめくIT企業ですね。パソコンで電話ができるんですか」。
 宮原は得意げに「そうですよ。うちの製品は業界最高のパフォーマンスと言われているんですよ。いつ、誰が、どこに掛けたのか、瞬時に分かりますし、携帯電話の通話記録も残せます。このソフトのお陰で、うちは税金も払えるんですよ。ワッハッハ」と笑った。
 すると、鈴木は冷静にこう尋ねた。「ということは、御社の社員が、いつ、どこに掛けたのかも分かるわけですね。その通話記録を見せていただけますか。確か、瞬時に分かるとおっしゃっていましたね。通話記録と、請求書のあて先を比べてみたいので」
 鈴木の言葉を聞いた瞬間、宮原の顔が青ざめた。「いいですよ」と言いながら、宮原の背中には冷たい汗が流れていた。
 1週間後、再び訪ねてきた鈴木は言った。「どうも4、5社ほど、頻繁に通話をしているのに請求書が1通も発行されていない会社がありますね。しかも、電話はすべて宮原社長が掛けていることになっている。この会社とのお取引は、本当に全くないんですか?」
 すべてお見通しという鈴木の視線に耐えられず、宮原は売上除外していることを自供し始めた。過去5年にさかのぼると、追徴金がいったいいくらになるのか。その数字を考えるだけで、気が遠くなりそうだった。