マルサの事件簿⑦ 巧妙な裏金作りに開いた大きな穴

■きっかけは大型台風
 「おい、鈴木、今月はお前の番だぞ」
大手輸出商社、東京商工の第3営業部は中国を中心としたアジア全域を営業エリアとしている。鈴木は入社3年目の若手だが、係長の奥田から声を掛けられたのは、これが5回目だった。慣れた手つきでパソコンのキーを叩いて、会社のホストコンピューターから海外出張関係の書類を呼び出した。鈴木がやろうとしているのは、「カラ出張」なのだ。
 話は5年前にさかのぼる。開発途上国で営業をしていると、領収書を貰えない「経費」が必要な場面に出くわすことが多い。特に、許認可権を握る役人に“袖の下”を渡すのは、公然の秘密といっていいほどだ。鈴木も学生時代にアジアを旅行した際、現地のガイドから入場制限のある観光施設へのオプショナルツアーを勧められ、「正式に申し込めば半年先、50ドル出せば今日OKネ」と言われ、そんなものかと思った経験があった。
  第3営業部では、毎月数人が海外出張しているのだが、目的の半分は現地の営業所に、非公式の営業経費を運ぶためだ。5年前までは、出張の日程に必ず土日が絡むようにして、出張手当を増額。事前に現金で渡された出張手当の中から、増額分を現地営業所の責任者に直接手渡していたのである。出張する社員には、土日の現地滞在費が支給されるので、観光などができるという“ご褒美”があり、それが口止め料代わりになっていた。
 ところが、5年前の9月、関東地方を大型台風が直撃して、飛行機が欠航。そのため“空輸”ができなくなってしまったのである。その時、当時の第3営業部長だった岡本専務は、一計を案じた。「行ったことにして、全額を送金すればいい」。航空券は、子会社の旅行代理店から購入したものをチケットショップで換金し、現地のホテルには、支配人を抱きこんで領収書を発行してもらう。こうして作った裏金を、本当に出張する際に空輸するのである。あえて銀行経由で送金しないのは、隠し口座から発覚するリスクを避けるためだ。確実な領収書を残しながら裏金を作って送金するという、実に巧妙な手口だった。

■贈収賄事件が発覚!
 ジャカルタ営業所長の田中は、現地の英字紙を見て、目を疑った。ジャカルタ特別州政府の高官と産業貿易省対外協力局長の2人が収賄容疑で逮捕され、贈賄側の立件を視野に調査中という見出しが、大々的に躍っていたのである。インドネシアでは、「首都圏貿易環境改善計画」が進んでいて、2人は計画の鍵を握るキーマンだった。それだけに、いろいろな商社がさまざまな接待攻勢をかけていたのだ。
  田中の不安は的中した。1週間もたたないうちにインドネシア検察当局の調査官が、大挙して事務所と田中の自宅に押しかけてきた。もとより、袖の下に領収書などないのだが、既に検察当局は逮捕した高官から詳しい供述を引き出しており、田中の行動日程表などから高官との接点を確実に証明することが狙いだった。このまま行けば、田中の逮捕・起訴も免れないだろう。
 英字紙の第一報直後に、日本のメディアも現地情報として伝えたが、その時には「日本の商社も調査対象になっている」と小さく添えられていただけだった。それが逮捕・起訴となれば、大々的なニュースになり、東京本社は蜂の巣をつついたような騒ぎになることは確実だ。 
 田中から報告を受けた本社の対応は、すばやかった。基本方針は「裏金は徹底的に秘匿。全ては田中のポケットマネーでやったことにして、岡本専務が謝罪記者会見を開く」。田中には強力な弁護団を結成して実刑判決が出ないように配慮する一方、依願退職をさせて子会社で一生面倒を見ると言い含めて、「個人の犯罪」を主張させたのである。

■パスポートが命取り
 この一連の報道を興味深く見ていたのは、マルサの査察官、川村だった。「個人の犯罪なんて、あり得ない」。世間の常識的な目は、当然、マルサも持っている。
 裏金作りの方法など、接待交際費の水増しか出張費や交通費の水増しなど、昔からある古典的な手法に限られているものだ。問題は、その証拠をどうあぶり出すかにある。
 東京商工で川村を迎えたのは、専務の岡本だった。岡本は、自分が作り上げた裏金システムだけに、必要な書類を完璧に揃えているという自信があり、川村の要求する関係書類も先刻承知とばかりに、次々と手際よく川村の前に並べていった。
 1週間後、再び岡本の前に川村が現れた。「書類は、完全ですね」「そうでしょう。うちには、やましい経理なんてあり得ませんから。どんな資料をご覧いただいても、大丈夫ですよ」 自信たっぷりな岡本に、川村はこう告げた。 「それでは、出張した社員の方々のパスポートを拝見できますか。出張報告と、出入国の状況を照らし合わせたいので」 その瞬間、岡本の作り上げたカラクリが、音を立てて崩れ始めた。インドネシアだけでなく、営業部全体の不正まで明るみに出ることになり、嘘の記者会見を開いた東京商工は、マスコミの集中砲火と社会の厳しい糾弾を受けることになったのである。