マルサの事件簿⑧ 税務調査が汚職摘発の突破口

■賄賂の捻出を談合で決定

 中堅ゼネコン・港興業の福岡支店に勤める佐藤には、「副支店長」のほかに「業務担当部長」という肩書きが付いている。建設業界の人間には、「副」と「業担」の持つ意味がよく分かる。業担とは、いわゆる談合の担当者で、汚れ役だ。その汚れ役をメーンの出世コースに乗せるわけにはいかないので、処遇は「副」止まりなのだが、給料は支店長と同等か、談合の成果によっては特別ボーナスで手厚く遇されている。会社のために名を捨て実を取ることを厭わない、“選ばれた人間”といってもいい。 九州某県の大型公共事業を巡って、大手ゼネコン各社は談合を繰り返していたのだが、下請けとして参加することが決まっていた港興業も会合の席に呼ばれ、受注比率などの調整にかかわってきた。ある日のこと、仕切り役の大木建設の内田がこう切り出した。 「実は、県知事の娘が金を出せと言ってきている。自分が経営するブティックが赤字続きで、5億円欲しいということだ。今回の工事は50億円だから、5億円はちょっと高過ぎる。しかし、機嫌を損ねると、今後に響く。さて、どうするか、だ」 出席者の間で何度かのやり取りがあった後、娘の経営するブティックの土地を港興業が時価の3倍近い5億円で買い取り、年度をまたいで大木建設に時価の1億7000万円で売却、3億3000万円の損失を次年度に計上して法人税を逃れ、少しでも賄賂のマイナス分を取り返すことで話がまとまった。

■想定外の「追加要求」

 ところが、新たな問題が発生した。大木建設の内田が佐藤に直接電話をしてきて、こう言うのだ。「例の娘が、もう1億出せと言ってきたんだ」「もう、5億円払って、売買は完了していますよ」「それは分かっている。娘が1億円で買い戻したいから、その金を追加で出せということなんだ。うちも、あんな土地を持っていてもしょうがないし、娘に1億円で売却できれば、7000万円の損失が確定できる。1億円は次の工事でおたくに補填するから、なんとか頼むよ」 結局、内田に押し切られ、佐藤はしぶしぶ娘の口座に1億円を振り込んだ。すでに所有権の移転登記も終わっていたので、名目は時価2000万円程度の建物の売買代金としたのである。 それから1年後――。港興業の出金記録を調べていたマルサの金田は、分厚い資料をめくりながら、ふと手が止まった。「5億円で土地を買った相手と、その3カ月後に1億円で建物の売買契約? 土地を利用するつもりなら、最初から建物も一緒に買うだろう」 土地の所在地をパソコンで検索すると、県庁所在地の駅前だったが、面積から考えると売買金額がいかにも高い。しかも、そこに立っている建物は、木造2階建てだ。いくら築3年でも1億円は異常だ。 ひょっとすると再開発計画でもあるのかと思い、市役所に問い合わせてみたところ、駅前再開発は終わったばかりで、新たな計画はないという。 ますます臭いと疑った金田が登記簿を取り寄せてみると、驚いたことに現在の所有者は、土地も建物も最初の持ち主に戻っていたのである。その上、所有権の移転状況を追うと、港興業から大木建設に転売され、さらに大木建設から最初の持ち主に転売されているのである。 転売の日付に合わせて港興業の入金記録を見ると、確かに大木建設からの入金はあるのだが、金額は1億7000万円しかない。 「これは、土地ころがしを利用した所得隠しではないか」 金田の報告を聞いた部長の田代は、すぐに現地調査を許可した。さらに大きな事件の突破口になるとは知らずに・・・。

■脱税から談合が発覚

 金田は現地の不動産屋を回って時価を把握し、売買金額の不正を確信したが、予想外の事実もつかんだ。問題の土地と建物の所有者は、現在の知事の実の娘だというのである。結婚して名前が変わっていたので最初は分からなかったが、地元では「県庁の女帝」として有名で、県庁職員の制服を自分のブティックで作らせたり、県の公用車で福岡の繁華街まで買い物に出かけたりするなど、公私混同ぶりが一部で問題視されていたのだ。 「これは単なる所得隠しではなく、土地取引を利用した贈収賄ではないか。贈収賄は絶対に許せないが、その資金を脱税して作るなど、もっと許せない。国民の血税を、いったい何だと思っているのか!」 金田の正義感に火が付いた。港興業、大木建設、そして知事の娘の所得と資金の流れを徹底的に洗い出し、全員を所得税法違反で摘発したのである。 一連の動きに検察庁も呼応し、県庁を巻き込んだ大掛かりな組織的談合をあぶり出した。「娘と自分は別人格。だから、談合と自分も無関係だ」と、しらを切り続けていた知事も、道義的責任を追及されて辞職に追い込まれ、後に逮捕されてしまった。 発端は、金田の感じたふとした疑問に過ぎなかった。その疑問を生んだのは、眼光紙背に徹するマルサの執念ともいえる調査だったのである。