一身にして二生を生きよう
福澤諭吉翁は「文明論之概略」の中で、幕末から明治への変化について「あたかも一身に
して二生を経るが如く一人にして両身あるが如し」と表現しました。
その66年の生涯の半生を封建制の江戸時代に、残りの半生を明治時代に生き、まさに
「一身にして二生を」生きたということになります。
この時の福澤諭吉翁の心境はどのようなものだったのでしょう。湧き上がるような充実した
人生を実感していたのではないでしょうか。
さて、我々が二生を得るためには、現在の状況が明治維新の大激動期と同じであると
認識することから始まります。それは「IT革命」「豊かな国民(飢えを心配することのない)」
「グローバル化」が大変化、大激動を現代にもたらしているという事です。
明治維新のようにはっきりと見える形のものがないから、実感しにくいことも事実ですが、
「IT革命」は、個人がタダで放送局を手に入れ、個人がタダで世界の情報を入手することを
可能にしました。
「豊かな国民」は、人はもはや生きるためだけには働きません。人は自分にとっての
生きがいを求め始め、商品を選ぶときでも、機能よりも、好きとか嫌いとかデザインで
選ぶようになってきています。人も物も、実に多様化しています。
「グローバル化」は、中国が世界の工場になり、ユニクロがその商品の大半を中国で
生産していることに象徴されます。これは表現が悪いのですが、中国人を輸入した(中国
の労働力を輸入した)ことになります。人も輸入できるということです。
そうすると自分の給料は、この中国人の給料と比較されることになってしまいます。
こんな事が周りで起きているのに、人間が変化しない訳がありません。
我々がこの大激動の時代に二生を得るためには、世の中の動きを正面から捉え、
新しい船出をする覚悟を持つことが大切なのだと思います。
人は往々にして変化を嫌います。しかし変化しなければ一生しか得ることができないわけで、
一生では後半の人生が死んでしまうかもしれないということです。
少々生意気ですが、福澤諭吉翁が楽しんだように、この変化の時代を翁にあやかって、
二生を生きたいものだと思いませんか。
太田アカウンティンググループ 代表 太田 孝昭 著
※経済界倶楽部発行「出会い」掲載
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