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【連載】マルサの事件簿 |
脱税の疑いがある場合には、その企業の関係先まで正確に調査して、取引の全貌を洗い出すのがマルサの基本です。
この取引先に対する調査を 「反面調査」と呼んでいます。容疑を固める証拠集めの一環ですが、その証拠の中から
新たな不正が見つかることもあります。 普通、マルサが税務 調査の対象とするのは資本金1億円以上の大企業
ですが、反面調査に資本金は関係ありません。マルサの厳しい目が、ある日突然注がれた結果、社員の横領などが発覚
することもあり得ます。税務調査と同等の社内調査を定期的に行うことも、これからの企業にとっては必要なことでしょう。
事件簿D 反面調査で不正が発覚
■運命を変えた「渋滞」
工作機械業界は、大型の機械本体のほかに治具や工具、補修部品などのこまごまとした
取引が多い。一つひとつは小さな金額でも、総量が大きくなれば数十万円〜数百万円の
取引が、毎月発生することになる。町工場の中には、そうした取引を月末に現金決済して
いるところもまだ多い。中堅の工作機械商社、関東工機で発覚した横領事件も、そんな実態
が遠因になった。 関東工機の営業マン、棚橋は東京・八王子を中心とした三多摩地域を
担当し、もう10年になろうとしていた。7月末の集金日、棚橋は汗を拭きながら数カ所の
工業団地を軽自動車で走り回り、総額100万円ほどの現金を集金して、新宿の本社まで
帰りを急いでいた。 ところが、中央高速が予想以上に渋滞してしまい、本社にたどり着いた
時には夜7時を回ってしまっていた。とっくに経理部の金庫は閉まっている。
「しょうがない。金は家まで持って帰るか」 さすがに100万円近い現金を夜間無人になる会社
の机の中に置いておくのは不安だった。しかし、そう思った瞬間が、転落の始まりになって
しまったのである。高層ビル街を抜けて新宿駅まで歩いていくと、JRの大ガードに張り付く
ように雑然とした飲み屋街がある。1人暮らしの棚橋は、帰りが遅くなるとここで軽く飲み
ながら食事をするのがいつもの習慣だった。この日も、鼻歌を歌いながらなじみの店の暖簾
をくぐった。
■軽い気持ちで集金から拝借
ビールを1本飲んで店を出たのが、夜の8時過ぎ。駅に足を向けた途端、客引きの黒服と
目が合ってしまった。どうやら黒服には、客の懐具合が透けて見えるらしい。
「お客さん、いい子がいるよ。今日、入ったばっかり。お客さんと会うために入ったようなもん
だよ、ホント。しかも、5千円ポッキリ!」 そんな調子のいい言葉をぽんぽん投げかけられて、
扇情的なチラシを握らされると、棚橋の理性が少し緩んでしまった。「財布の中には2万円
入っているから、5千円ならいいか…」黒服に案内されて店に入ると、「キャー、格好いい!」
などと見え透いたお世辞を並べるホステスが立っていた。しかし、その姿を見た棚橋は
息をのんだ。「髪の毛の長さから服の色まで、俺の好みとピッタリじゃないか」 店までの道す
がら、黒服がさりげなく聞き出した棚橋の好みを、胸に忍ばせた無線機で店に知らせ、
ホステスを「変身」させていたのだから当たり前だ。だが、舞い上がった棚橋には、そんな
ことを冷静に考える余裕などなかった。 5千円ポッキリのはずが、店を出た時には5万円。
レイカという名のホステスに、猫なで声でオーダーを頼まれるたびに、ウンウンと頷いて
いたのだから無理もない。財布の中身との差額=3万円は、集金した金から出すしか
なかった。 「明日も集金で100万円くらい集まるから今日使った分はそこからちょっと
補填すればいいさ」 次の集金から補填をし続ける自転車操業が、この瞬間から始まった。
■取引先で脱税が発覚!
最初はほんの数万円だったが、レイカに誘われるままに通ううちに拝借する金額が
どんどん膨らみ、毎月数十万円になるのに、時間はかからなかった。 そうなると、会社
にも取引先にも怪しまれないために、きっちりと“二重帳簿”まで作り始めた。
どの取引先からの集金をいつ、いくら使い込んだのかを管理して、1カ月以内に必ず埋め
合わせるようにしたのである。 そんなことが1年ほど続いた8月、お盆休み前でのんびり
ムードが漂う関東工機本社を、マルサの鈴木査察官が訪ねた。 「取引先に、八王子の
橋本金属という会社がありますね。その関係の帳簿類をすべて見せてください」 どうやら、
橋本金属の脱税調査の一環らしい。鈴木の要請に経理部長の岡田は素直に応じ、過去
5年分の資料を手渡した。ところが、それから1週間後、再び鈴木が岡田を訪ね、こう切り
出した。 「橋本金属の帳簿と御社の帳簿が、ここ1年ほど合わないんですが、原因は、御社
の帳簿にあるようです」 血相を変えて反論する岡田を手で制しながら、鈴木は
こう付け加えた。「そうなると、社員の誰かが経理部に入金する前に着服していることに
なりますね」岡田はこの言葉をきっかけに、極秘に社内調査を始めた。そして、棚橋の
横領があぶり出されたのである。岡田に呼び出された棚橋は、すべてを認めるしか
なかった。「全額を弁済すれば懲戒解雇にはしない」との岡田の温情にすがり、棚橋は
翌日辞表を提出。退職金を全額弁済に充てることで、棚橋は関東工機を去っていった。
「レイカのせいで、俺の夏は本当に冷夏になったよなぁ」そんな自嘲とともに、棚橋は今、
ハローワークに通っている。
出典『企業内マルサの事件簿』より

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